第133話「お母さんの希望を叶えるために」
以前、ご葬儀の担当をさせていただいたお客様より、直接私の携帯に連絡がございました。
「○○ですけど、先月は義理母の葬儀でお世話になりました」
「いえいえ、その後、体調などおかわりございませんか?」
「ありがとうございます。おかげさまで元気にしています。 あのね、今回連絡させていただいたのは私の父の事で相談があって…」
「どうされましたか?」
「長く病院に入院しているのですが、主治医の先生に、今後治る見込みがないと言われて数か月前から自宅療養に切り替えたの。先日、訪問看護の先生にそろそろ準備したほうが良いと言われて・・・。 それで相談というのは、母も高齢で足が悪く移動が大変なので、できれば自宅で葬儀をしたいと考えています。母も昔のように自宅から父を見送ってあげたいと言っておりまして、一度、自宅で葬儀ができるか見に来ていただけないですか?」というお話でした。
「わかりました。私も間取りなど見させていただかないと、判断がつかないので一度伺わせていただきます」
約束の日、私は自宅へお伺いし部屋の間取りを確認しました。 玄関を入ってすぐに通路と階段があり、式場に予定している部屋は玄関を入ってすぐ左側。 畳のお部屋で約8畳、お仏壇と若干の荷物がありました。
式場としては特に問題はありませんでしたが、1つ大きな難点が。それはお部屋の出入り口と玄関先が狭いため、そのまま長いお棺を部屋から出すには、お棺を立てたり、斜めに傾けたりしない限り、お出しするのが困難であったのです。 今では当然のようになっておりますが、葬儀の時、ご遺体は棺に納棺された状態で安置され通夜・葬儀を執り行います。 しかし今回はそうしてしまうと、お部屋から出棺が出来なくなってしまいます。さて、どうしようか…。
娘様とお母様が、困り果てた表情で私を見つめています。
そこで、ふと思い浮かんだことをお話ししました。 「もし、お通夜やお葬式の時はお棺には納めず、ご出棺の時にここの廊下でご納棺することができたのであれば…。 それなら、ご希望通りここでお葬式ができますけれど…。あとは、皆様のお気持ちとお寺様にご相談して問題がなければ良いのかもしれませんが…」
娘様は早速、菩提寺のお寺様に連絡して了承をいただきました。
お母様と娘様は安堵の表情です。ちなみに参列されるご親戚は何名くらいですかと尋ねると、お母様が親戚と孫も入れて15名くらいかなと返ってきました。15名と聞いて、私は凍ってしまいました。残念ながら、この部屋に15名は入れるスペースはありません。
すると、娘様が「大丈夫、適当に台所や2階で待ってもらうから。焼香ができれば何とかなるでしょ 笑」
「わかりました、なんとかしましょう」
この日の相談はこれで終了しました。
数週間後の深夜に娘様から、お父様がお亡くなりになられたとの一報が入りました。 ご自宅へ伺うと、深夜にも関わらず、ご家族の方々がお集まりになられお父様に付き添われていました。
ご遺体の処置と枕飾りを設置し、深夜時間でしたので改めて打ち合わせに伺う旨を伝え、お家をあとにしました。
翌朝、娘様とお母様お二人と打ち合わせを行い、お父様は植物が好きでお花を飾りたいのと、自宅なので形式に縛られず和やかに葬儀を行いたいとご要望をいただきました。
スペースの関係上、祭壇は組めないが、花かごなどを配置して故人様をお花で囲むかたち、進行もあえて音響設備を使用せず肉声で行い違和感のない進行をご提案させていただきました。
翌日、式場の設営が終わり、娘様とお母様に確認をしていただくと、こんなに素敵にしてくださって本当にありがとうございますと涙ながらにお褒めくださりました。
「お父さんもこれだけ沢山の花に囲まれたら喜んでいると思います。お母さん良かったね」
その後、通夜・葬儀とお母様のご希望どおり、和やかに無事進行することができました。 常に参列者同士が肩と肩とが触れ合う状況でしたが、それが却ってよかったのでしょうか、終始笑顔の絶えない温かいお葬式となりました。
大切な方を送るために一度だけのご葬儀。
出来る限りご要望に沿えるようにと思案させていただいたご葬儀でしたが、ご葬儀が終わってから振り返ると、「まだまだ出来る事がなかったか、娘様やお母様の心の中にある見えない要望にこたえることが出来ていたのか」と心配になります。
目の前におられるご遺族の心情をくみ取り、様々なご提案をさせていただく。
一生涯、完全な答えは出せないと思いますが、これからもご遺族様を陰ながら支えていける担当者でありたいと思っております。