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葬儀の現場から

第126話「忘れられないお葬式」

12月24日の明け方の事。
その日お亡くなりになったのは、まだ22歳の女性。

「何でもっと早く病院に連れて行かなかったのだろう?」
「家に連れて帰ってあげられなくてごめんなさい」
「ワンピース着せてあげればよかった」
「何で私の娘だけ病気になったのだろう?」
「何で病気にさせてしまったのだろう?健康に産んであげられなくてごめんね」
お母様が何度も繰り返すのは後悔と、懺悔の言葉でした。

お嬢様が、体に異変を感じる様になったのは、大学を卒業し、就職して3か月経った頃。
初めは脚が異常に浮腫むようになり、その時は、
「立ち仕事だし仕方ないかなぁ・・・」
「仕事にも少し慣れて疲れも出るころかもね」
と二人で話していたそうです。
ところが浮腫みは酷くなる一方で、足の裏まで浮腫みはじめ、痛みで歩くのも困難になった頃、さすがに様子がおかしいと思い、病院で診てもらうと、そのまま検査入院をする事になったそうです。

しかし検査結果は原因不明、いくつかの治療を試しはしたものの効果はなく、その後はいくつもの病院を転々とするも症状は改善されるどころか、日に日に悪化していくばかり。
大学病院でやっと病名は判明したのですが、その時は初めの病院で検査をした時からすでに1か月が経過していたそうです。
日本で年間数十人しかかからない、非常に珍しい病気だそうです。

病名を告げられても、病気の説明を受けても、お母様はまったく現実味はなく、全く頭に入らなかったそうです。
ただ最後に
「完治する可能性は非常に低いです。最悪の事態も覚悟しておいて下さい」
と言われた時に、一気に現実に引き戻され、言いようのない不安に襲われたそうです。

それでも、不安に思っても解決はしない、とお母様とお嬢さんは必至で病気と向き合ったそうです。
いくつもの治療法を試し、検査を繰り返す毎日。
治療の副作用、検査の痛みなど、辛い日々が続きましたが、必ず治ると信じて、
二人で頑張る日々。
その甲斐もむなしく、お嬢さんは日に日に衰弱して、元気だったころに比べて体重は半分近く落ちてしまいました。

そして12月、医師から
「次の治療法が最後です。成功すれば次の治療に進めますが、効果が出なかった場合はもう・・・」
と告げられたそうです。

その頃、お嬢様は無菌室のベットで寝たきりで話をするのがやっとの状態でした。
「もう、家に帰りたい・・・、何で私だけ病気になったの?」
と弱音をはく様になっていったそうです。

そんなお嬢様を励ます為、
「クリスマスプレゼント何が欲しい?」
と聞いたら、「ワンピースが欲しい」といったそうです。
制服以外、スカートを履くことがなかったお嬢さんがワンピースを欲しがった事にお母様は驚いたそうですが、お嬢さんは
「今は痩せてるから、きっとワンピース似合うかも」と笑ったそうです。

治療は必ず成功する、そしたらこのワンピースを着て一緒に家に帰ろう。そんな願いをこめてお母様はワンピースを買ったそうです。

そんなお母様の必死の願いは叶わず、最後の治療は効果がなく、次の治療に進めないまま
お嬢様は息を引き取りました。

後日、その頃を思い出して
「体調が良いときは、車椅子で散歩に行ったり、食べたいというものを作ってあげたり、母親らしいことをしてあげられた。でも病状が悪化すればするほど、皮肉な事に自分がしてあげられる事がなくなっていった。娘が一番辛い時に、私は見ている事しかできなかった。無菌室に移動してからは、手を握ってあげることさえできなかった」
と、お母様は泣いておられたことが私には痛烈な印象として今でも記憶に残っています。

病院から自宅に帰る際、看護婦さんがあのワンピースを着せてくれたそうです。
通夜はクリスマスの日に営まれ、彼女の最期を見送ろうと、たくさんの友達や後輩が弔問に訪れました。

そんな光景を目の当たりにしたお母様は、
「自分の娘と同じ年頃の子を見たら、この子達はこんなに元気なのに何で私の娘は病気になったのか?近所の方を見たら、何でこの人達の子供は元気に生きているのかと思ってしまう、そんな自分が情けない、できればみんな帰って欲しい…」
と、控室に籠ってしまい、通夜には参列されませんでした。

後ほど、お父様から友人である私に、
「せっかく来ていただいた方に失礼な事をしてしまったと妻が反省しています。娘も最後に友達に会いたがっていると思う。勝手ですが、出来れば明日の葬儀にも参列していただけるようにと皆様に伝えていただけないでしょうか?」
と言われました。

翌日、そんなご両親のお気持ちに応えるかのように、たくさんの友達や近所の方が参列されました。
お母様からのクリスマスプレゼントのワンピースを着て、沢山の友達に見送られ、お嬢様は旅立って逝かれました。

あれから10年以上経ちますが、クリスマスになると、あのお母様の事を思い出します。

そんな私も今では、葬儀に携わる仕事についています。
この仕事をさせていただいているからでしょうか、いろいろなご遺族に出会い、お手伝いをして行く中で、あの時のお母様のお気持ちが年々わかってくるような気がするのです。

様々な経緯(いきさつ)でご葬儀を迎えられるご遺族がいらっしゃいます。
自分の人生経験では計り知れないご事情のなか、つらいお気持ちをなんとか抑えて葬儀に
あたられるご遺族もたくさんいらっしゃいます。

そんなご遺族に少しでも近づき、寄り添うことに一所懸命できるのは、きっと友人とお母様のおかげなのだと感じるのです。

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